はじめに
私が設計した自作キーボード”Tenalice”(テナリス)について、特徴や設計に至った経緯などを書いてみたいと思います。
私がふとしたきっかけで自作キーボードの設計をはじめたように、誰かが自作キーボードの設計をはじめる背中を押すようなことになれば幸いです。なお、設計の解説やテクニックが書かれているわけではございませんので、そのあたりはご期待なさらないようお願いいたします。
特徴
”Tenalice”は、テンキー付きのAlice配列のキーボードです。"Tenalice"は、”Tenkey+Alice”をくっつけた造語です。
一体型のキーボードでありながら、分離キーボードのように左右が広がり肩が開き、また基本は40%キーボードでありながら、中央テンキーにより数字入力にも強いレイアウトを目指した設計となっています。
後述しますが、このTenaliceは設計ミスが発覚したためPCBまでの制作でやめようかなと考えています。
設計の動機
残暑が厳しい2021年9月23日(秋分の日)に、私は初めてのキーボード設計に着手しました。
私はこれまで、販売されている自作キーボードを組み立てたり、お高い金属ケースのキーボードを購入したりを繰り返しており、その過程でだんだんと自作キーボードの沼に浸かっていったと自負しているのですが、自作キーボードの設計については興味はありつつも敬遠しておりました。さすがに設計は・・・と、高い壁があるように思っていたためです。
ところが、キーボードの設計をはじめようと思ったきっかけとなる出来事がありました。アクリル積層のVisionを作成したことです。
Vision のアクリル積層ケースを設計した話 | あしたからがんばる
で公開されているデータを使用させていただき、ほんの少しSVGファイルを変更(角を丸くし、キーボード全体にチルトをつけるための足となるパーツを加えただけ)してアクリルケースを発注し、作成を行いました。
Inkscapeというソフトウェアではじめてベクトルデータを触るということを体験したのですが、私はこの時この作業を通じて、これまではぼやーっとした雲のように感じていた”自作キーボードの設計”というものの輪郭が少し見えた気がしました。感覚を伝えるのは難しいですが、とにかく、もしかしたら自分でも自作キーボードの設計ができるかも、と感じました。そしてダメもとで何かつくってみようかなと思い立ちました。
何から始めたらよいかわからない状態だったのですが、とりあえずBOOTHで
自作キーボード設計入門(電子版) - Pastry Keyboard - BOOTH
を購入してみました。ざっと一通り目を通してから、さっそくレイアウトを作成することにしました。
レイアウトの作成
もともと私は大のAlice配列好きで、”Vision”、”Prime_Elise”、”Switch Couture Alice style Keyboard”、”YMDK Wing”などを所有しています。
こんな私ですのでまずAlice配列は決定。なかでも"Vision"を愛用していたのですが、仕事では数字を打つ機会が多く、裏のレイヤーに隠れている数字を打つより手軽に数字を打ちたいことから、Attack25Tofuをキーボードの左に配置しています。(省スペースのための40%なのに本末転倒な感じですが、こういう人は意外に多いのではないかと考えています)
はじめはこれを一体型にしたキーボードでも作ろうか、ということでこのようなレイアウトを考えました。(コードネームは9月だったのでSeptemberにしました)
ここでふと、Alice配列は真ん中でちょうど割れているのでそこにテンキーを加えみたらどうだろう、と思いつきました。
また、キーキャップの入手性を意識してなるべくベースキットにあるサイズのキーキャップになるようモディファイアキーを調整してみました。(これが後々の悲劇になることを知らずに・・・)
このような経緯でレイアウトは出来上がりました。
回路図と基板設計
レイアウトはKeyboardLayoutEditerというツールにより直感的に操作してすぐに作ることができましたが、回路図や基板となるとそうもいきません。上述の書籍を参考にkicadをインストールし、ことはじめを読みながら少しずつ理解していく必要があります。
ただ、ありがたいことにお手本となる回路図やキーボード向けのフットプリントのライブラリーが公開されています。また、サリチル酸さんのDiscord上の設計チャネルなど、参考となる情報もインターネット上には見つけることができます。
大きな設計の流れは書籍で、書籍に記載がない設計をしたいときや、詰まったところはインターネットで調べながらkicadで回路図やPCBを設計していきました。
この工程は、正直ずっと「これであってるのか?」と不安になりながら行いました。
なんとかガーバーファイル生成まで終え、2021年9月29日、PCBメーカーへの発注を行いました。
このとき私は一連の初めての設計作業を終えてとても興奮していました。そして早くキーボードの出来上がりを見たい、と期待を胸に踊らせていました。とても幸せな時間です。
ファームウェア
続いてファームウェアの制作に取り掛かりました。ファームウェアについては、キー数の多いキーボードということもあり、書籍よりも主にサリチル酸さんのDiscord上のGL516の設計チャネルを参考にさせていただき作成を行いました。こちらではVIAへの対応方法へのリンクも記載されており、Keymapファイルの作成も行いました。
手持ちのProMicroへファームウェアを書き込み、VIAの接続も無事に行うことができました。
失敗と再考
PCB発注から数日後、まだまだPCBが届く前ですが、設計ミスを発見します。ベースキットで賄えられるようあえて多くした2U以上のキーについて、PCBにスタビライザーの受け穴を入れるのを忘れてしまっていたのでした。
一部の望みをかけ、すぐに修正したファイルをPCBメーカー社員のVivian(当初私の電話番号の登録漏れ?があったため「教えて」とメールが来ていた)へ送付しました。
が、残念ながら「もうInProductionよ。再発注してね。」という回答が来ました。
誠に遺憾ですがやってしまったことは仕方ありません。そして同じものを発注すると単純に2倍の費用がかかったことになるためプライドが許しません。もう一度レイアウトから再考することにしました。
発注後、ひとつ気になっていたのが「右手でテンキーを入力するレイアウト」にしていたことです。はじめは単純に「今は左にAttack25があるから、次は右にしよう」と考えていましたが、仕事ではよく左手でテンキー、右手でマウスを操作するスタイルとなっていることに気が付きました。
「なんとか左手でも右手でも使えるようにならないものか・・・」
ここでふと閃きます。
「角度を45度にすると左手でも右手でもテンキーを操作できるな・・・」
さっそくAttack25Tofuを45度にして配置してみます。すると意外にも、中央にあるテンキーは45度角のほうが楽に打鍵できそうな気がしてきます。また、なんかダイヤモンドみたいでかっこいいな、とも感じました。
こうしてテンキー部分は修正を行うこととしました。
次に気になったのが、諸悪の根源である2U以上のモディファイアキーです。設計のお手本とした”Vision”では2U以上のキーは左のスペースバーの位置にあるキー1つだけであり、私がベースキットだけでキーキャップが埋められるように増やしてしまったキーでした。この”増やす”ことにした背景には、”Vision”では2Uスペースバー、1.75Uスペースバーが必要であり、キーキャップの選択肢が狭まるところをなんとかしたいという気持ちもありました。
ですが再考してみると、2U以上のキーが増えることは、憎きスタビライザーの音が増えるリスクを抱えてしまうことにも繋がります。
「いっそのこと、2U以上を無くしてしまうか・・・」
「いや、2.25U。差し色のEnterが使えるこれだけは外すわけにはいかない・・・」
など、頭の中でぐるぐるレイアウトを考えます。正直、これはそれぞれにメリット/デメリット、正義/悪があり正解はないと思います。
私が最終的にたどり着いたレイアウトは、下の画像のとおりです。
こうして次なるテンキー付きAlice配列キーボード、”Tenalice-ambidextrous”(テナリスーアンビデクストラス)のレイアウトが完成しました。”ambidextrous”は英語で両利きといういう意味です。”Tenalice-ambidextrous”については設計まで一旦完了していますが、”Tenalice”がきちんと動作するかや使用感を確認してから発注しようと考えています。”Tenalice-ambidextrous”についてはまた別の記事で書けたらいいなと思います。
Tenaliceの使用感
まだ到着してから日が浅いですが、まず初見で「でかい」と感じました。横幅は380mm。テンキーを入れているので当然ですが、気持ちもう少し小さくなればいいなと感じます。
また基板は思ったよりも色が少なくシンプル、少し淋しい気もします。
打鍵に関しては、アルファベットキーはRow-Staggeredで違和感なく使用できますし、狙い通り数字はテンキーで入力しやすいです。四則演算はテンキーの別レイヤーに入れているため、左手Space長押し+テンキーで入力できます。これも操作感としてはいい感じです。一方で、テンキーを入力するときに右手を中央に寄せるため肩が少しだけきゅっとなります。ここは”Tenalice-ambidextrous”ではテンキーに角度があるので多少改善が見込めそうです。
ProMicroは写真では表面に配備していますが、これは基板だけしかない都合でそうしており、本来は基板背面に来るように設計しています。
ロゴ部分は早く完成させたくて5分くらいで作成しましたが、なかなかいい感じだと思いました。
終わりに
最後まで読んでいただきありがとうございました。
もともと全くと言っていいほど趣味が無かった私ですが、自作キーボードに出会ってから約1年半程度が過ぎ、今は自作キーボードの設計をしてブログを書くようになってしまいました。何かに出会って人生が変わるというのはこういうことなのかも、と少し感じているところです。
”はじめに”でも記載しましたが、私がふとしたきっかけで自作キーボードの設計をはじめたように、この記事が誰かの自作キーボード設計の背中を押すようなことがあれば面白いことだなと思います。
私がキーボードを作れたのは、言うまでもなく界隈の諸先輩方が、いろいろな試行錯誤を経て得たノウハウを公開してくださっているからです。この場を借りてお礼を申し上げます。
このブログ自体は定期的に更新しようとは思っておらず、”Tenalice-ambidextrous”ができたら感想を書くくらい(あと万が一、頒布することがあればビルドガイドを書くこと)かと考えております。
それでは、良いキーボードライフを。